光あるうちにー2.人間この弱き者③

 「わがパイオニア奮戦記」の著者で、キリスト教界に名の知れた信者、引田一郎さんという人がいる。
 引田さんは6年間に実に3万キロ歩かれ(地球の1周は4万キロ程)、一枚のトラクトを配り歩いた人だ。車を走らせるのではない。ある時は零下32度の村を、ある時は30度を越える暑熱の街を、そしてある時は人も木も埋めつくす吹雪の野を、引田さんは讃美歌を歌いながら、トラククトを配るために歩きつづけたのだ。しかも、引田さんは不治と言われる重症のカリエスを12年も病み、その骨から溢れるよつな膿を排出しだ体の人なのである。
 また、川口市に住む矢部登代子さんという人がいる。
 彼女は10才から30年間、ただの一度も立ったことのない、関節を患う病人であった。しかしその顔は晴々と明るく輝いていた。彼女のベッドのそばには水道が引かれていた。彼女は腹這になって米をとき、一人で炊飯器でご飯を炊く。枕もとに電話とマイクもあった。登代子さんがキリストを信ずるようになってから、近所の子供たちを集めて日曜学校を開き、やがておとなの集会も持って、彼女に導かれて受洗した数は30名を超えるという。
 もし、矢部さんに信仰がなかったとしたら、彼女は果して今日の矢部さんであったろうか。多分自殺を図り(事実、入院前の彼女は死を考えていたという)、自暴自棄になり、毎日愚痴を言いながら、暗い一生を送らねばならなかったであろう。
 この立つこともできない彼女のもとに、噂を聞いた人々は全国から訪ねて来るという。そして、その美しく明るい笑顔に励まされ、元気づけられて帰って行くのである。たとえ30年間寝たっきりでも、人間はかくも大きな働きをなし得る者なのだ。
 引田さんと言い、この矢部さんと言い、「神を信ずるなんて弱虫だ」などと、もはや誰が言い得るだろうか。

 

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