光あるうちにー序章①

 わたしの13年もの長い療養生活が終る頃だった。新聞にはさまって来た化粧品の広告にふと見たら、そこに、「あなたのお肌は日に日に衰えています。人間は毎日、老いている者なのです」といて書いてあった。あまりにも当然の記事であったが、確かに人間は生れたその日から、一歩一歩死に近づいているのであって、死から遠ざかっている人はいない。だがこの当然のことを、わたしたちは忘れているのではないかと思う。
 人間は必ず、いつか、何かが原因で死ぬ者であり、死なない人は一人もいない。王でも乞食でも、金持でも貧しい人でも、有能でも無能でも、健康でも病弱でも、一人残らず死を迎える。

 

 カトリックの修道院では、「人間は死ぬ者であることを銘記せよ」という言葉の挨拶があるそうである。確かに、人間が死ぬ存在であることを本当の意味で知っている人こそ、本当に生きる人であると言えるのかも知れない。

 大切なことは、いつか死ぬ自分が、その日までどのような姿勢で生きるかということではないだろうか。来る日も来る日も、食事の支度と洗濯と掃除のくり返しであっても、いかなる心持で、それらをくり返すかが問題なのである。家族が楽しく美味しく食事ができ、清潔な衣服を着て、整頓された部屋に憩い、しみじみと幸せだと思える家庭をつくること。それがどんなに大いなる仕事、働きであるかを考えてみるべきであると思う。
 自分がこの世に存在するが故に、この世が少しでも楽しくなる、よくなるとしたら、それはなんとステキなことではないだろうか。

 

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